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2012年03月04日

日本史年表【超基本暗記!】


日本史は中学もしくは高校受験である程度、本気で覚えたという人もいるかと思いますが、
今日は本当に日本史をゼロからスタートの皆さんに
日本史年表の超基本(ゴロ)をご紹介します。

これなら簡単に暗記できるはず!




年代  ことがら     覚え方
 
538年 仏教が正式に伝わる。 百済の仏をご参拝(ごさんぱい)(538)
593年 聖徳太子が摂政となる。 太子の摂政、ごく見(593)事
604年 聖徳太子、十七条の憲法をつくる。 憲法を、群れ寄(604)る人に説く太子
607年 小野妹子が隋に渡る。 群れな(607)して荒海渡る遣隋使
630年 犬上御田鍬が唐に渡る。 労(ろう)され(630)唐へ、遣唐使
645年 大化の改新  無事故(むじこ)(645)の世づくり、大化の改新
663年 白村江の戦い 労無残(ろうむざん)(663)に、日本大敗
701年 大宝律令が定められる。 古くても名を人(701)に知られる大宝律令
 
 
710年 平城京に都を移す。 なんと(710)美し平城京
712年 古事記ができる。 名、人に(712)広まる古事記でき
720年 日本書紀ができる。 何を(720)伝える日本書紀
724年 聖武天皇が即位する。 仏教を何よ(724)り尊ぶ聖武天皇
741年 諸国に国分寺・国分尼寺が建てられる。 名(な)よい(741)お寺だ、国分寺
743年 墾田永年私財法がだされる。 なじみ(743)の墾田わしのもの
752年 東大寺大仏が完成する。 おなごに(752)似ている大仏様
754年 鑑真が日本へ渡る。 難(なん)こし(754)て渡る鑑真、日本へ
759年 唐招提寺が建てられる。 名(な)ごく(759)親しい、唐招提寺
784年 長岡京に都を移す。 奈良発し(784)、長岡へ
 
 
794年 平安京に都を移す。 鳴くよ(794)うぐいす平安京
797年 坂上田村麻呂が征夷大将軍になる。 泣くな(797)蝦夷征伐の困難に
805年 最澄が天台宗を伝える。 やれご(805)苦労、最澄さん
806年 空海が真言宗を伝える。 迷いよ晴れろ(806)と空海さん
894年 遣唐使を廃止。 白紙(はくし)(894)にもどす遣唐使
905年 古今和歌集がつくられる。 暮(く)れて後(905)できた古今集
935年 平将門の乱 組ご(935)とに平将門戦わせ
939年 藤原純友の乱 救策(きゅうさく)(939)もない瀬戸の海
1016年 藤原道長が摂政となる。 藤色(とういろ)(1016)全盛、道長で
1051年 前九年の役 奥羽に人来い(ひとこい)(1051)、前九年の役
1053年 藤原頼通が平等院鳳凰堂を建てる。 人ごみ(1053)あふれる鳳凰堂
1083年 後三年の役 東(とう)やみ(1083)あける、後三年
1086年 院政が始まる。 入れてやろ(1086)うか白河院政
1124年 藤原清衡が平泉に中尊寺金色堂を建てる。 日々に知(1124)られる金色堂
1156年 保元の乱が起こる。 いいころ(1156)勝った保元の乱
1159年 平治の乱が起こる。 平治は平氏の人々ごく(1159)ろうさん
1167年 平清盛が太政大臣となる。 平氏以外は、人々むな(1167)し
1185年 平氏がほろぶ。 人々夜行(ひとびとやこう)(1185)で平氏がほろぶ
 
 
1192年 鎌倉幕府が開かれる。 いい国(1192)つくろう鎌倉幕府
1221年 承久の乱 人に不意(ふい)(1221)うち、承久の乱
1224年 親鸞が浄土真宗を広める。 人にふし(1224)説く、浄土真宗
1232年 御成敗式目ができる。 式目は人にみに(1232)くい罪示し
1274年 文永の役 元軍のむごい仕打ちは人に無し(1274)
1281年 弘安の役 勝因は、人にはい(1281)えぬ暴風雨
1333年 鎌倉幕府がほろびる。 一味(いちみ)さんざん(1333)北条氏
 
 
1334年 後醍醐天皇が建武の新政を始める。 「新政の意味見よ(1334)」と後醍醐天皇
1338年 室町幕府が開かれる。 一味さわ(1338)がし、尊氏幕府
1397年 足利義満が金閣を建てる。 金閣は人見たくな(1397)る美しさ
1404年 義満が明との勘合貿易を始める。 人知れよ(1404)、勘合貿易
1467年 応仁の乱が起こる。 一夜(ひとよ)むな(1467)しい応仁の乱
1483年 足利義政が銀閣を建てる。 人世(ひとよ)やみ(1483)でも、銀閣築く
1543年 ポルトガル人が鉄砲を伝える。 以後、予算(1543)出そうよ鉄砲づくり
1549年 ザビエルがキリスト教を伝える。 以後よく(1549)見かけるキリスト教徒
1560年 桶狭間の戦い 以後、群れ(1560)おさえる桶狭間
1573年 室町幕府がほろびる 以後、なみ(1573)の人だよ足利将軍
 
 
1583年 豊臣秀吉が大坂城を築く。 秀吉が十五夜見(1583)上げる大坂城
1588年 秀吉が刀狩を行う。 以後は刃(1588)物を禁止する。
1590年 秀吉が全国を統一する。 人ごくお(1590)さまる天下統一
1592年 秀吉、朝鮮へ出兵する 行こう国(1592)あげて朝鮮へ
1597年 秀吉がふたたび朝鮮へ出兵。 以後苦難(いごくなん)(1597)の慶長の役
1600年 関ヶ原の戦いが起こる。 一路雄雄(いちろおお)(1600)しく関ヶ原
 
 
1603年 江戸幕府が開かれる。 人群れ見(1603)える江戸幕府
1635年 参勤交代の制度が定められる。 色みご(1635)とな殿様を見に
1637年 島原の乱が起こる。 疲労(ひろう)みな(1637)ぎる島原の乱
1639年 鎖国が完成する。 人むさく(1639)るしい鎖国令
1687年 徳川綱吉が「生類憐みの令」を出す。 色はな(1687)やかな、お犬さま
1716年 享保の改革を始める。 人の名広(1716)める享保の改革
1774年 杉田玄白らが解体新書をつくる。 すばらしい解体新書に非難なし(1774)
1787年 寛政の改革を始める。 いなかに花(1787)さく寛政の改革
1798年 本居宣長が古事記伝を著す。 人の名くわ(1798)しい古事記伝
1837年 大塩平八郎の乱 人はみな(1837)心で応援、大塩の乱
1841年 天保の改革を始める。 いや善い(1841)政治の天保の改革
1853年 ペリーの来航。 人がいっぱいこみ(1853)あう黒船見物
1854年 日米和親条約 一夜ごし(1854)頭の痛い和親条約
1858年 日米修好通商条約 一番こわ(1858)い通商条約
1860年 桜田門外の変 いや無礼(ぶれい)(1860)者と、井伊さけぶ
1866年 薩長同盟が成立する。 一藩(いっぱん)じゃむりむり(1866)薩長同盟
1867年 大政奉還が行われる 将軍の位置はむな(1867)しく大政奉還
 
 
1868年 五箇条の御誓文 五箇条できたぞいばろうや(1868)
1869年 版籍奉還が行われる。 天皇へ人は向く(1869)なり版籍奉還
1871年 廃藩置県が行われる。 廃藩置県、武士で迷わぬ人はない(1871)
1877年 西南戦争が起こる。 鉄砲の火花な(1877)がめる西南戦争
1889年 大日本帝国憲法公布。 いち早く(1889)出された帝国憲法
1894年 日清戦争が起こる。 日清やきそば一杯食うよ(1894)
1901年 八幡製鉄所が操業開始。 日暮れ、人(1901)いそがし八幡製鉄
1904年 日露戦争が起こる。 日暮れし(1904)満州に兵の墓
1910年 韓国併合が行われる。 いく十(1910)年も韓国併合
1911年 不平等条約が改正される。 低い位置(1911)やっと高めた条約改正
1914年 第一次世界大戦が始まる。 行く人死(1914)んだ一次大戦
1918年 富山で米騒動が起こる。 人、食いは(1918)ぐれて米騒動
1925年 普通選挙法が定められる。 行く、二十五(1925)才で普通選挙
 
 
1937年 日中戦争が起こる。 戦(いくさ)な(1937)おも広がる日中戦争
1939年 第二次世界大戦が起こる。 戦(いくさ)苦(1939)しむ第二次大戦
1941年 太平洋戦争が始まる。 行くよ一(ひと)(1941)飛び真珠湾
1945年 日本が無条件降伏。 ひどくよご(1945)れて日本降伏
1946年 日本国憲法公布。 国民がひどくよろ(1946)こぶ新憲法
1951年 サンフランシスコ平和条約 ひどく好意(1951)の平和条約
1956年 国際連合に加入する。 そろそろ行くころ(1956)国際連合
1972年 沖縄諸島が日本に復帰。 得な日本(1972)、沖縄復帰
1978年 日中平和友好条約 日中が仲良くすればとくなは(1978)ず



↑たぶん、PCやスマホからだとすごく見づらいです・・・。

なので、この語呂の年表がほしい人がいれば山崎まで言ってください!!

見やすいものをお渡しいたします!


💡担任アシスタント:山崎



posted by 学力会 at 19:00| 日本史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月01日

苦手科目こそ、「超」得意科目に変わる可能性がある

今は誰も信じてくれないのだが、
高校、大学時代の僕は
とても話下手だった。


人前で話すのが苦手だったし、
話しが上手い人のことは、
なまっちょろい生意気な奴だと思っていた。


だから、ちょっと気に障ることを言われると、
言葉で言いかえすのではなく、
言葉より先に、反射的に
手や足が出てしまうほどの
アブナイ奴だった


だからこそ、
言葉巧みに話す「喋りの巧い人」に対しての
羨望や嫉妬は
人一倍あったのかもしれない。


言葉ばっかり弄ばずに、行動で示せよ!
なんて思いながらも、
そのじつ、スマートに言葉を話す人になりたいとも
心の底では思っていた。


そんな鬱屈した思いを抱えたまま大人になり、
社会人生活も板についてきた頃、
雑誌の仕事で、たまたまサンノゼに行ったんだ。


サンノゼといえば、シリコンバレー、
そう、ヒューレット・パッカードをはじめとした
IT企業のメッカともいえる土地だよね。


そこで、連日、多くの経営者、技術者を取材したり、
レセプション、講演に朝から晩までかけずり回った。


アメリカ人のビジネスマンは朝が早いんだ。
一番早い記者会見なんて、
朝の7時からだからね。


ま、それはいいとして、
コンピュータやモバイルの可能性に関して
様々な取材をこなしたんだけれども、
ある企業の講堂で行われたプレス向けの発表会に出席してみた。


アメリカ、イギリスはもとより、
中国、韓国、シンガポールからやってきた
経済雑誌、PC雑誌の記者たち30名ほどを前にして、
講義したプログラマーは、
なんと、18〜19歳ぐらいの女の子。


そう、まさに今の君たちと同世代の少女が、
世界各国から集まったプレスを前にして、
堂々と30〜40分間、
大きな身振り手振りをまじえて、
自信たっぷりに、そして熱を込めて
話していたんだよ。


これには打ちのめされました。


高校生ぐらいの年齢の少女が
世界各国から集まった取材陣を前に物怖じすることなく、
堂々と、しかも真摯に講演をしている。


それなのに、今の自分はなんなんだ? と。


自分は、世界中の人を前に
堂々と緊張することなく、プレゼンテーションを出来るのか?


いや、出来ない。


それって情けなくはないか?


と思ったんだよね。


もちろん、ホテルの部屋に戻って(スイートルームでした)
一人心を落ち着けて取材のメモを読み返すと、


「今年はいよいよモバイル元年だ
→我々にはその技術と準備がある
→なぜなら、我々にはそれに関する技術と準備があるからだ
→だから、いよいよモバイルの時代に突入するのだ」


というような感じで、
論旨がグルグルと巡ってオカシナところも散見されたが、
これは、僕がホテルの広い部屋で心を落ち着かせながら反芻して
はじめて気がついたこと。


つまり、“現場”では、
真摯に説明する彼女の熱量におされて、
感情で説得されてしまっていたわけだ。


言っている言葉の論旨や内容が
多少、矛盾や破綻をきたしていても、
一生懸命、熱量を込めて話せば、
相手の心を揺さぶることが出来る。


このことに気付いて以来、
自分は、語りがうまくならなければならないと感じた。


だから、帰国後は、近所の喫茶店や飲み屋にお願いして、
月に1回ぐらいのペースで
勉強会や講演会を設けさせてもらった。


冗談半分でラジオ番組に企画を持ちこんだら
企画が通ってしまい、
晴天の霹靂でラジオ番組のパーソナリティにもなった。


区のレンタルスペースの講堂を借りて
セミナーや講演も行った。


雑誌の企画会議でも
自分の企画を鬱陶しいぐらいの熱量を込めて
話しに話しに話しまくった。


そしたら、どうだろう、
最初は、「せめて人並みに人前で話したい」
という消極的だった気持ちが、
いつのまにか消えてしまい、
話すことが大好きな人間に変貌していた。


自分は、話すことが苦手だと自覚したからこそ、
努力することが出来たのだろうし、
人一倍努力をすれば、
思った以上に簡単に、
「なりたい自分」になれるものなんだということを実感した。


うちの予備校の塾長だってそうだ。


ものすごくデカくて通る声で、
雄弁にお話しをされる塾長だが、
なんと、高校時代の塾長はドモりだったというではないか。


同じような例は、「とくダネ!」の小倉智久氏にも当てはまる。
氏も、昔はひどい吃音症に悩まされたため、
アナウンサーを志したという。


ドモりな自分を自覚したからこそ
一生懸命それを克服しようと努力する。


そうしたら、いつのまにか、
苦手なことが得意になるどころか、
その人のもっとも強力で大事な武器に変わっていたというわけだ。


東京学力会のチューターもそうだ。


教え方が巧く、生徒から人気のあるチューターほど、
高校時代は勉強が出来なくて
苦労して成績を上げていったタイプの子が多い。


このように、
自分の弱点を自覚した時点で、
今後の運命は決まるといっても過言ではない。


自分の弱点は、

 1、克服するか
 2、放置するか

という、二通りの選択しかないのだ。


克服の道を選んだ人には、
最初は大変かもしれないが、
その後は、幸運の扉が待ち構えているはずだ。


塾長や、チューター、そしてこの僕の例からも分かるとおり、
苦手なことを克服すると、
いつのまにか、もっとも得意なものへと変身して
跳ね返ってくるからだ。


というより、僕らは
「喋ること」でお金をいただいているわけだからね。


つまり、かつて苦手だったことで
飯を食っているというわけだ(笑)。


もし、君が数学が苦手だということを自覚したら、
とにもかくにも、苦手意識がなくなるまで
しゃにむに取り組んでみようじゃないか。


もし、君が英語の長文が苦手だと自覚していたら、
これでもか!というぐらい
長文と格闘してみようよ。


苦手意識というものは、
自力でひっくり変えすと、
「超得意」という状態になりやすいのだ。


そう、苦手と得意は表裏一体なのだ。


苦手な科目、分野、単元を自覚した時点で、
じつは、幸せへの切符を手にしたのだと解釈してみよう。


なぜなら、「幸福」というものは、
いつだって「不幸」な顔をしてやってくるからなんだ。




担任:木ハム田
posted by 学力会 at 00:00| マインドセット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする