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2008年08月04日

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学習参考書ソムリエ & 推薦AO入試マイスター:とにかく生徒が素晴らしい松田
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2008年08月01日

「君たちは、まだまだトレーニング不足だ!」

「君たちは、まだまだトレーニング不足だ!」
などというと、怒るだろうか?

東京学力会に通う高3生、もしくは高卒生ならこう反論するかもしれない。
「単語帳はもう2周目です」
「英頻(ネクステ)はもう3周目に突入しました」
……などなど。

OK、君達の頑張りを否定する気持ちは毛頭ないし、むしろ君達を応援しているからこそ、さらに気持ちを鼓舞させることを今回は自己の経験を踏まえたうえで書いてみようと思う。

まず、君達が「頑張っている」「かなりの量をこなしている」と思い込んでいる事柄について。

これを「自分基準」ではなく、視点を「全国基準」「世間相場」もイメージして考えてみたことはあるのかな?
ということ。

全国の上位大学をを目指す高校生の何万人、いや何十万人の受験生も、それぐらいの量はこなしているであろうということもイメージしたことはあるかな?

全国に高校は何校あると思う?

全日制、定時制も含め、おおよそ5400校前後だ。

国立15校、
公立が4000校ちょっと、
私立が1300校前後だね。


もちろん、これら高校に通うすべての生徒が大学に進学するわけではないし、すべての高校生が君の志望大学を受験するわけでもない。
少子化により、受験は以前よりも厳しくなくなったとはいうけれども、まだまだこれだけの高校の数が存在しているわけで、生徒の数も推して知るべし、なんだよね(現在の高校生の人口は約336万人、高3生の人口は単純に3で割ると110万人強になる)。

すべての高校には必ず校内で1番の生徒がいるわけで、全国すべての高校のトップだけを集めても5千人以上の頭数が揃うわけだ。
もちろん、彼らすべてが同じ大学を受けるわけでもないし、レベルにもバラつきもあるだろうから、一概にひとくくりはできないが、全国で勉強が「1番」な生徒はそれぐらいの人数が存在しているということ。

このような認識のもと、はたして自分は全国の高校生の中ではどれほどの努力をしているのかということもイメージして欲しいわけなのです。

“自分基準”で「たくさんやっている」と思っているのか。
”全国基準”の中でも、上位に食い込めるほど「たくさんやっている」ほうなのか。

もちろん、模試の結果を眺めて一喜一憂したり、ため息ばかりをつく必要はないと思う。

ただ、最近の生徒さんを見ていると、どうも努力の物差しが「自分基準」に偏り過ぎていないか?と感じることも多々あるわけで。

「自分基準」も、もちろん大事だよ。
これについてはこちらに書いているので、先を急ぐけれども、自分基準はいったいどれほどの量・質・レベルなのか? ということも、今一度反芻してみて欲しいのです。

話を受験から離れて、我々社会人「プロ」の勉強量に関して書いてみよう。

ボクは、東京学力会で働く前は、ビジネス&経済の雑誌の編集部で仕事をしていた。
仕事柄、多くの社長や成功者、政治家、時代の寵児と呼ばれるような人々に会い、取材を繰り返してきた。

以前、彼らの頭の中には、どれぐらいの知識量が詰まっているのだろう? という素朴な疑問から「社長の読書」というような特集企画を打ちたて、様々な分野のエキスパートたちの調査をしたことがある。

もちろん、人様に貢献して、人様からお金をいただく行為(=仕事)は、単に机上の「お勉強」で得た知識のみならず、実地で培った経験や知恵というものも加味されていることはいうまでもない。

しかし、たとえば講演などで自身の知識やノウハウを語る人、あるいは本を1冊書き上げられるだけの人が持つ知識量はどれぐらいなのだろうという目線で調査をしたところ、大雑把だが、平均して「本70〜80冊分」の知識量だということが分かったんですね。

もっとも、この数はあくまで「平均値」なので、それ以上の冊数の人もいるし、少ない知識をうまく使いまわしている人もいるわけだけど。

この数字を多いと感じるか、少ないと感じるかは人それぞれだろうけど、とにもかくにも平均70冊前後の知識が頭の中に詰まっていれば、「プロ」として人様からお金をいただけるという解釈も一応は出来るわけだ。

うちの英語の某先生も、TOEICの勉強のために15冊の問題集をこなし、試験結果に満足いかなかったために、さらに15冊の問題集を買い込み、これらを2週間で済ませ、再度受験したという。
その後、さらに上のスコアを目指すために、またまた15冊の問題集を買って解き、パーフェクトに近いスコアを記録したのだそうだ。

15冊+15冊+15冊で、じつにTOEIC試験のために45冊もの量をこなしているわけだ。
この45冊は、あくまでTOEIC対策に限っての量。大学受験のためにこなした英語の問題集や参考書、単語帳の冊数や、大学入学後に紐解いた英語本の冊数も加えれば、70冊は軽く超えていることだろう。

プロとは、そういうものなんです。
君たちは、英語の問題集、今まで何冊こなした?

1冊、2冊を中途半端にこなした程度で「点数あがらない」「実力ついた実感がない」などとボヤいてはいまいか?
誰もが英語のプロになるわけではないから、何十冊もこなす必要はない。
しかし、君達が設定している「努力の上限」の見積もりは低すぎるのではないか?と一度自問自答していただきたいんですよ。

今度は、ボク自身の話も書いてみようと思う。
子どもの頃から音楽が好きだったこともあり、学生時代は日本の音楽関係の書籍や雑誌のみならず、洋書にも手を広げて、読み漁っていた。

とにかく手当たり次第活字を読みまくり、音楽を聴きまくりった結果、出版社から原稿執筆の依頼がきはじめたのも、たぶん趣味で発行していたメルマガが100号を突破したあたりだった。
その時点で聴いたCDの総量は約5000枚前後、手許にある本や雑誌は1000冊は優に超えていたので、今になって思えば、これらの「量」が「質」へと転化していったのだと思う。

今は教育サービス産業という業界に身を置いているけれども、出版業界から、まったく違う業界に転職し、比較的短期間で、まったく違う空気の環境に馴染むことが出来たのは、学生時代から読んでいた教育論などの本のお陰だと思うんですよね。

中学時代は学校の先生になりたいと思っていたので、教育関係の本は折にふれて少しずつ読んでいたし、大学時代は下町の小さな学習塾でアルバイトをしていたことがあるんだけども、経営者から教室の運営を任されたときは、あわてて教育関係の本を読み漁ったものです。

社会人になっても、河上亮一氏、諏訪哲二氏らの「プロ教師の会」の動向に個人的な興味があったので、頻繁、というほどではないけれども、彼らが執筆に参加している著書に関しては定点チェックはしていた。

そんなこんなで、当時の自分の仕事とは直接には無関係な教育関係の本も、読んだ冊数は70冊は超えているし、これらの知識の堆積が、まさに今になって役に立っているわけですね。

もちろん、教育産業は、理論や学説よりも、現場や実地主義の要素が強い世界なので、今後もさらに経験値を重ねなければならないし、貪欲に勉強を続ける必要はあるけれども、とりあえずは、それだけの分量の学習量があれば、プロとしてやっていけるわけです。

自分のことで長くなってしまって申し訳ないけれども、要するに社会人として、その道のプロとしてやっていけるには、専門的な知識の量は、英単語帳1冊とか、「英頻」や「ネクステ」を2周しました、とでは比較にならないというわけです。

もちろん、平均70冊分の専門知識を有するその道のプロは、君達が過ごす高校生活の期間、つまり3年の間で知識を仕入れたわけではないだろうし、もっとたくさんの年月をかけてインプットを繰り返していたのかもしれない(逆に短期間で吸収した人もいるだろうけど)。

70冊というのはどれぐらいの量かというと、本の厚さにもよるだろうけど、様々な束の厚さの本を積み重ねると、だいたい腰の高さぐらいには達するのではないだろうか?

腰の高さといえば、昔、作家の北方謙三氏に小説家志望の若者が「原稿用紙を腰の高さに達するまで書いたにもかかわらず、何の賞もとれません」と相談をしていた記事を読んだことがある。
それに対して北方氏はなんと応えたかというと「ベストセラー作家の赤川次郎氏は、売れるまでは天井に届く高さまで原稿を書いていた、自分は押入れを空けたら、まるまる一段分原稿の山だ、それに比べれば腰の高さなんて甘い、甘い」という回等をしていた。

作家が日の目を見るまでの執筆量というのは人それぞれだろうが、ベストセラー作家とてそれぐらいの量の修作、トレーニングの堆積があるからこそ、今の実力、人気があるわけだ。

君達のお父さん、お母さんも、仕事に関しての専門知識や経験値は、おそらくは君達の想像以上のものを持っているに違いないし、そもそも人様からお金をいただけるだけの専門技量や知識を有する人=「プロ」というのは、それぐらいの努力の量の裏づけがあってこその「プロ」なんですね。

うちのお母さんは専業主婦だから、そんな専門知識ないよ、という人もいるかもしれないが、甘い、甘い。
専業主婦を馬鹿にしちゃあいけないよ。
ある調査によると、正月もお盆も土日も休みなく家事をこなす専業主婦の年収を換算すると、1000万〜1500万円にも達するという。
日々の仕事内容は同じことの繰り返しかもしれないが、これだけの仕事量をこなしていれば、おのずとお母さん独自の知恵や工夫、経験から裏打ちされたノウハウが絶対にあるはずなんだ。
単に本を書いていないだけで、もし本を書かせれば、書籍1冊を上回るだけの情報量を持っているはず。

もちろん、今の君達は学生なわけで、社会人と比べられても意味がない、と感じるかもしれない。
しかし、いずれ君達も、大人になったら、イヤでもプロになるために必要な努力・学習をしなければならない時期がやってくる。必ず努力をしまくらなければならない局面に遭遇するんだ。

仕事には必ず「納期」「締め切り」というものがあるので、締め切りを守るためには、仕事場への泊り込みや徹夜をしようが、そんなことは当たり前のこと。
「今日は眠いから寝る」「やる気がないから今日はやらない」と言ってられる身分の君たちは、とても恵まれている。
しかも、プロは「出来て当たり前」「成果を出して当然」の世界だが、君達は成績が上がれば褒められるだろうし、もしかしたら、勉強するだけでも褒めてくれる人がいるかもしれない。
なんて恵まれた羨ましい状況なんだろう。

社会人になったら、プロになったら、やるときには絶対にやり抜かねばならないし、必要とあれば大急ぎで勉強をしまくらなければいけない局面も出てくる。

ボクなんかも、高名な政治家にダメ元でインタビューを申し込んだら、「明日の朝、衆議院議員会館にいらしてください」という返事が秘書から来たので、その方の予備知識がほとんどなかったため(まさか本当にOKが来ると思わなかった・しかも翌日に会うというのは想定外もいいところ)、慌てて本屋に行き、紙袋2個分の本や雑誌を買い込み、翌朝まで一睡もせずに資料を読みまくり、付箋を貼りまくり、ページを折りまくり、線を引きまくり、それらの箇所をメモをとったり、パソコンに打ちまくり、プリントアウトした紙を歩きながら煙草を吸いながら覚えまくったりして、なんとか約束の時間までに大急ぎで、インタビューの骨子をまとめ、取材に臨んだことがあるけれども(このようなことはショッチュウだった)、要は、期日までには、死んでもなんとかしなければいけないという使命感、責任感というものは社会人には必要となってくるのだ。

このような厳しさ、手数・足数の多さに対して免疫のないまま、いきなり大人になり、あまりの仕事量・勉強量・移動量・対人量の多さに怖気づいて逃げたりドロップアウトするぐらいなら、今のうちから「勉強」を通して、「大変なこと」への耐性・免疫をつけておくのも悪くないと思うよ。

しかも、頑張れば「行きたい大学に合格するという成功体験」という一生もののプレゼントも待っているわけだから、頑張らない手はないでしょう。

「質」の追求も、もちろん大事ではある。
しかし、その「質」を追求できる視線や思考の枠組みが育つのは、大前提として、その背景には莫大な「量」の堆積があるということは忘れないで欲しいと思う。

そして、東京学力会のスローガンのひとつ、
絶対的な質と量
というのも、まさにそこにあるわけで、
量の面でいえば、1週間に最大92.5時間使い放題のSRと、
質の面でいえば、1週間に最大39時間質問し放題のチューターという
質と量を満たす環境をうちの予備校は提供しているというわけなのだ。

この夏、やらなければならない勉強量の総量を上方修正してみては如何でしょーか?





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